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2006年8月1日(火)〜8月15日(火)の15日間、安曇野高橋節郎記念美術館南の蔵で写真展を行いました。そのときの様子を紹介します。
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2003年10月、2005年6月、2006年7月、3度訪島で撮影した屋久島の風景をお届けします
屋久島とは
屋久島は、九州最南端の佐多岬から南に約60km、面積約500平方km、周囲約130kmというほぼ円形の島であり、島の中心には、九州最高峰の宮之浦岳(1936m)を頂点に1800m級の山々が聳え、さらに1000m級の山々がその周りを取り囲んでいます。
黒潮の海に急峻な山塊となって浮かぶ屋久島は、「洋上アルプス」の別名を持ち、南国の強烈な太陽に温められた水蒸気は、垂直に切り立った山肌に沿って上昇し、山上に雲をおこし林芙美子が浮雲の中で「一月に三十五日は雨」と書いたように、多量の雨を島に降らせます。
この急峻な地形と多量の雨が、樹齢1000年を越える屋久杉が茂る深い原始の森をはじめとする、多様性豊かな植物世界をつくりあげ、屋久島は、日本有数のブナ林を誇る白神山地とともに、1993年に日本で初めて世界遺産として登録されました。
写真展
よく、「屋久島を訪れると人生が変わる」という話を聞くが、これは本当のことだ。2003年10月、宮之浦岳登山を目的に初めて島を訪れた僕は、そこで人生の大きな転換点を迎える。
屋久島行きは当時一緒に暮らしていたパートナーの強い希望でもあり、当然島へは2人で渡ったのだが、島に10日ほど滞在するうち、(それが一体何なのか今もって良く分からないのだが)僕たち2人はそれぞれの核心に近い部分で、それぞれ別のスイッチを入れてしまった。そう、お互いに相手の体の中でそのスイッチが入る「カッチ」という音をはっきり聞いたのだ。
島から戻ると彼女はそのまま旅に出てしまい、その後の消息は知らない。僕は屋久島をテーマに撮影することを決めて、そのための準備に動き出した。しかし、2回目の訪島が2005年の6月と、そこまで20ヶ月の時間を要したことが如実に物語るように、僕の屋久島への道は順風満帆ではなかった。
人が何かに強くコミットして動き出すと、途端にそれを引き戻そうとする力が働く。本の受け売りだが、「人は、身近な人間の変化を無意識に恐怖として捉えるから」だそうだ。
そのことに最初は気づいていなかったが、屋久島へ向けての20ヶ月間、それは僕にとって「人間関係を整理する時間」だったように思う。道徳の答案だったら間違いなく0点だろうが、僕はかなりドラスティックにそれを実行してきた。だから、いま僕の周りにいる人は、ほとんどが僕の無謀ともいえる取り組みを応援してくれる人ばかりだ。
この写真展にしてもそうだ。ある日友人の川村実が1通のメールを送ってきた。そのメールにはこう書いてあった。「写真展の会場を押さえました。日程は以下に決定しました」と。写真展が決まってしまったので、僕は慌てて3回目の屋久島行きを実行したのだ。
写真展に「デジタルで撮った」とあえて謳ったのは、僕は写真という分野のほかに、ネットワーカーとしての顔を持っている。いわゆるインターネットの住人というやつだ。ネット・デジタルは僕の得意分野なのだ。
安曇野高橋節郎記念美術館のホームページに僕のことが、「松本市在住の写真家」として紹介されていた。僕は正直困った。僕は色々な理由があって「写真家」という呼称を避けていたのだ。そんなとき、友人の多田紳也さんが僕に言う。「依頼されたわけでもなく、プライベートで撮影した写真で個展を開くンでしょ。そりゃ写真家でいいじゃん」と。
僕はその言葉に背中を押されて一度は「写真家」の呼称に許可を出した。しかし、一晩寝て起きて、やはりどうも腑に落ちない。そんなとき、参加しているSNS mixiに「紺」さんという方から初めてのメールが届く。その方は僕がネットに載せていた屋久島の写真を見てメールを送ってきてくれたのだ。メールにはこう書かれていた。
====================
写真は屋久島だったんですね
きれいー。
色んなところに行きたい欲求はあるのですが
なかなか不自由で・・・。
====================
そのコメントを読んだとき、僕の心の奥の方でまたあのスイッチが入った。そう「カッチ」と音を立てて。
写真家の使命が何なのか、分かったような気がしたのだ。
僕にとって屋久島は過去3回の訪島で、総滞在日数は42日を超えた。 島に入ると何の躊躇もなく行きたいところにいける。それはまるで、隣町に車で遊びに行った感覚だ。
しかし、誰でもが簡単に(僕だって簡単ではないけどさ)屋久島に行ける訳ではないし、僕が見たあのすばらしい風景との出会いを、誰でもが簡単に体験できるわけではない、ということに、僕は本当に突然に気がついた。 だから「写真家」という職業が存在するのだ、と。
写真家の使命、それは容易に体験し難い、素晴らしい風景との出合いのエッセンスを、写真という手段で持ち帰り、それを求めている人に見せて、夢をみていただくこと。まだ漠然としてまとまっていないが、僕がいま感じていることを精一杯表現すると、つまりはそういうことだ。
それが写真家としての使命なら、僕は「写真家」を名乗ろうと思う。堂々と。今回の写真展は、写真家 大沢成二 として初の展示会です。どうぞごゆっくり御覧ください。
Special Thanks!
案内葉書作成 :エムデザイン 宮川卓朗 (0263-34-2631)
案内ボード制作:有限会社 エスメディア 下平訓立(0263-86-1141)
B2版出力 :富士山印刷 中西雄介 (093-222-3921)
旅の間、mixiのコメントを通じて孤独な僕を応援してくれた、マイミク なばさん、よるかさん、やまやさん、がりさん、Na★☆さん、Bluemt.11さん、Tすくさん、みのじさん、たださん、紺さん、dokinさん、旅先で出会った、ネイチャーガイド真津昭夫さん、屋久島で出会った全ての友人、僕の屋久島の女神なっち、そしていつまでも夢から覚めない僕を黙って応援してくれている、両親、兄弟、今日写真展を見に来てくれたあなたに、いま僕はとても感謝しています。
どうもありがとう。 2006年8月 大沢成二
作者連絡先:http://f32.jp
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大沢成二 略歴
1967年6月 長野県松本市生まれ
長野県立松本蟻ケ崎高校卒業
高校卒業後、プロのミュージシャンを目指して友人4人でロックバンドを組むが、バンドは1年で空中分解。
すぐに上京し、東京・赤坂のスタジオで広告写真を学ぶ。コマーシャルフォト誌の主催する月例コンテストで入選するなど写真の腕を磨く。
1989年帰松し、写真の世界から離れ、家電メーカー系のOA機器販社で技術系のサラリーマンとして働く。
1999年独立し、インターネット系のサービス会社 合資会社あずみ野ネット設立。同時にフリーカメラマンとしても活動をはじめる。
2003年 宮之浦岳登山を目的に、初めて屋久島を訪れ、屋久島を自分の撮影テーマに設定する。
2005年 2度目の屋久島訪問、秋に大名町のストリートギャラリーでミニ展示を行う。
2006年 3度目の屋久島訪問、安曇野高橋節郎記念美術館で初の写真展を行い、同時に写真家宣言を行う。
写真と登山
写真撮影と登山は父親である大沢宗雄の影響が強い。家にはNikonF2,F3からはじまってリンフォフ4×5までさまざまなカメラがあり、幼少より父親の専属助手として撮影に同行していた。
また大沢宗雄は2002年に日本百名山の完全踏破を果たし、百名山100番目の山である宮之浦岳のことは毎日のように父親から聞いており、僕が屋久島に出会う一つのキッカケになった。
信州に住みながらなぜ屋久島?
「どうして信州という観光地に暮らしているのに、あえて屋久島?身近にいい被写体はいくらでもあるでしょう?」 という質問を良く受ける。あらかじめ回答しておきたい。
被写体やテーマ選びというのは「恋愛」に例えると分かりやすいと思う。
身近に条件が良く見栄えのする相手がいるからと言って、その人のことを好きになるわけではない。たまたまそこに行ったときに出会ってしまったのだ、自分の相手に。つまり、僕にとってその相手というのが屋久島だったのです。
それに、恋愛は遠距離の方が燃えるもの、だと思いません?
つまりはそういうことだ。
しかし屋久島は遠い
いま僕は3年くらい屋久島に腰を落ち着けてじっくり撮影をやってみたいと思っている。
どうしたらそれが実現できるのか?
毎日考えている。
連絡先: http://f32.jp
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撮影日:2006年7月7日
撮影データ:
CanonEOS20D+EF100-400mmF4.5-5.6L IS USM(焦点距離250mm)
ISO100 F5.0 1/25sec Extension Tube EF12〓・PLフィルタ・三脚使用
出力データ: EPSON PX-9000 エプソン純正写真用紙(B2)
オペレーション:富士山印刷 中西雄介
洋上アルプスの別名を持つ屋久島は、1400万年ほど前に花崗岩が隆起してできた島。その花崗岩の岩盤の上に成り立つ森の地層は浅く、地下水がわずかしかない。だからこの島では多くのコケが大量の雨水を蓄え、森を育む土壌の代わりになっているのです。
ヒメシャラは山地に生える落葉高木で、ナツツバキの仲間。樹皮は淡褐赤色ではがれやすく、コケがつかないので一面緑のコケが覆い尽くす屋久島の森のなかで、ひときわ目立つ存在。花期は6月から7月で可憐な小さな花をつける。
白谷雲水峡の水辺で撮影をやっているとき、川の向こうの側に、ヒメシャラの小さな花が落ちでいるのを見つけた。目の前には水量豊富な川がゴーゴー音を立てて流れているので、マクロを持って近づくことはできない。僕は望遠ズームにチューブをつけ寄れるところまで寄って撮影を行った。
花崗岩を覆うコケの上に落ちた可憐なヒメシャラの花。7月の屋久島を象徴的に示すカットが撮れた。
緑のコケが覆う森の中に、裸で立っているように艶かしいヒメシャラの木。みているこちらが恥ずかしくなってきてしまう。
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撮影日:2005年6月11日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S10-22mmF3.5-4.5USM(焦点距離15mm)
ISO100 F16.0 6sec 露出補正-1 三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
白谷雲水峡は標高約800メートル、面積424ヘクタール、屋久杉などの原生的な森林を観察できる自然休養林。雲水峡の入り口から白谷川沿いの一帯は、初心者でも手軽に歩くことが出来るように歩道が整備されている。
白谷雲水峡の真ん中を流れる白谷川。屋久島の川はどこへ行っても水量が豊富だ。カメラを三脚でガッチリ固定し、絞り込んで長い露光を掛けると、水がまるで雲のように写った。
日本の巨樹巨木100選にも入っている弥生杉。
白谷雲水峡の広場から約20分、標高710mの場所にある。推定樹齢約3000年。
樹高 26.1m
胸高8.1m
樹齢3,000年
標高710m
推定樹齢が3000年を超える屋久杉は他に、縄文杉、大王杉、紀元杉と3つあるが、縄文杉と大王杉が深い森の奥にあるのに対して、弥生杉と紀元杉は比較的アプローチし易い場所にある。
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撮影日:2006年7月16日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S17-85mmF4.5-5.6 IS USM(焦点距離85mm)
ISO400 F5.6 1/250sec 露出補正-0.7 手持ち撮影
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
ヤクシカは屋久島と、そのとなりの口永良部島だけに生息するニホンジカの亜種で、日本のシカのなかでは最も小型。
昔は人里で見かけることはなかったというが、最近は島のいたるところで見かけるようになった。ガイドによれば、白谷雲水峡には6頭のヤクシカが住み着いているという。写真の固体はそのうちの一頭だと思われる。
最近日本各地で増えすぎたシカによる食害が深刻になっており、屋久島も例外ではないとされ、「世界遺産をシカが喰う」という刺激的なタイトルの書籍が出版されるなど、この問題に関する議論が活発だ。
昨年僕は、奈良県の大台ケ原へ行ってきたが、確かにその惨劇を目の当たりにすると「屋久島でも早期の手当てを」と、心配する研究者の気持ちが分からなくもない。
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撮影日:2005年6月11日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S10-22mmF3.5-4.5USM(焦点距離13mm)
ISO400 F22.0 2sec PLフィルター・アングルファインダー・三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
白谷雲水峡の原生林歩道コースの途中にある三本足杉。倒木上で成長し、その倒木が朽ちたため三本の足を持つことになった屋久杉。樹脂分が多い屋久杉の倒木は朽ち難く何百年も残るので、こういう姿の杉は屋久島でもめずらしい。
杉の根の下に入ってアングルを探す。三脚はフルに開脚してローポジションがとれるGITZO G1228を使用。また直接ファインダーを覗くことができないので、アングルファインダーも使っている。ちょうどこの日は雨が降っていたので、天を仰いだレンズ面には容赦なく雨滴が掛かる。アングルを決定したら、雨滴をブロアーで払いながら何度もシャッターを切ってやっとモノにしたカット。
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撮影日:2006年7月8日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S10-22mmF3.5-4.5USM(焦点距離16mm)
ISO100 F11.0 5sec 露出補正-1.3 ND-8フィルター・三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS( A3ノビ)
白谷雲水峡には幾つかの周遊コースが用意されていて、この深い原始の森を見ることができる。「原生林歩道」のコースは、一周約3時間の本格的な登山道を通るコース。見るもの全てが緑のコケに覆われ、ある種の不気味ささえ漂う。木々の間からこだまの声が聞こえてきそうだった。
デジタル1眼レフカメラはフイルムを使う銀塩カメラと基本的な構造は同じだが、銀塩カメラのフイルムにあたる部分を撮像素子という電子デバイスに置き換えている。その影響で、あまり絞り込むと全体に画が眠くなる傾向がある。
川の水を優雅に流れるように撮るためには、長い時間シャッターを開けておく必要があるのだが、今回僕はそのためにNDと呼ばれる減光フィルターを使用している。ND-8は絞り3段分の減光効果が得られる。
昨年も同じ場所で撮影をやったが、森の様子は明らかに変わっていた。
森の変化と同じように、自分の撮影スタイルも時とともに変化させてゆきたい。デジタル撮影を選択しているのも、そうした思いがあるからだ。
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影日:2005年6月13日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S10-22mmF3.5-4.5USM(焦点距離14mm)
ISO100 F8.0 0.6sec 露出補正-1 三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
白谷雲水峡の周遊コースから外れ、本格的な登山道に入り、白谷小屋を右に見て更に進むと「もののけの森」がある。映画「もののけ姫」の舞台モデルになったことから、この名がついた。白谷雲水峡を訪れる観光登山者が、ひとつのゴールとして設定する場所だ。
この日僕は少し早い時間にこの場所まで来てカメラを構え、日の出を待っていた。鬱蒼とした深い原始の森に朝日が差し込むと、木々の葉が一斉に輝きだし周囲で小鳥たちが歌いはじめた。
白谷雲水峡の中にある白谷小屋。屋久島の山小屋は全て無人の避難小屋だが、この小屋が一番大きい。
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撮影日:2006年7月19日
撮影データ:
CanonEOS20D+EF100-400mmF4.5-5.6L IS USM(焦点距離160mm)
ISO800 F5.6 1/100sec 手持ち撮影
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
2006年7月19日、屋久島を離れる前日。太忠岳からの帰り道に、安房公園線でヤクシマザルの群れに会う。車を止めて撮影機材を出し、ゆっくりと彼らに近づく。しかし、僕が子ザルにレンズを向けると、母ザルは、さっさと子ザルを抱きかかえて向こうに行ってしまう。やはり敏感だ。
僕は彼らの近くに腰を降ろし、彼らに話しかけながらゆっくりと撮影を続けてみた。1時間くらいそうして撮影をやっていただろうか、そのうち母ザルたちは警戒心を解き、子ザルを自由に遊ばせはじめた。自由になった子ザルはまるで人間の子供と同じだ。おぼつかない足で岩に登って転げ落ちたりしている。
そのうちの1匹が僕の目の前3mくらいの場所にある岩に登って、じっとこちらを見ている。僕がゆっくりレンズを向けると、子ザルは興味深そうにこちらを覗き込んだ。
ヤクシマザルのオスには、アタマの毛が左右に分かれる「モモワレ」と呼ばれるわけ目がある。大人になるとはっきりするのだが、子ザルにもその兆候が見てとれる。
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撮影日:2006年7月16日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S10-22mmF3.5-4.5USM(焦点距離12mm)
ISO100 F8.0 1/15sec 露出補正-2.0 アングルファインダー・三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
白谷雲水峡から入る観光登山者が最終的な目的地とする場所。天気がいいと九州最高峰である宮之浦岳(1936m)をはじめ、奥岳と呼ばれる屋久島の屋根を見ることができる。辻峠を越えて荒川登山口から来るトロッコ軌道に合流し、縄文杉やその先にある宮之浦岳を目指す登山者もいる。
太鼓岩から朝日に照らされた奥岳を撮ろうと、未だ夜の明けきらぬ午前4時に白谷小屋を出発した僕は、ヘッドランプの糸のように細い光を頼りに闇の登山道を歩いた。屋久島の登山道は雨が多いせいか踏み跡がはっきりせず、都度ピンクテープを確認しながらの歩行なので、太鼓岩にたどり着くのに、いつもの倍の時間が掛かった。僕が到着すると同時に東の方から朝日が奥岳を染め始めた。僕は急いでカメラをセットし、夢中でシャッターを切った。

縄文杉がどこにあるかというと、画像右上の赤い印の場所になる。太鼓岩から確認すると、結構標高もあるし、山深い森の中だということが分かる。
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撮影日:2005年6月8日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S60mmF2.8マクロUSM(焦点距離60mm)
ISO100 F2.8 1/30sec 露出補正-2.0 三脚使用
出力データ:EPSON PX-9000 エプソン純正写真用紙(B2)
オペレーション:富士山印刷 中西雄介
リンゴツバキは屋久島の照葉樹林帯を形成する中心的な樹木。実がまるでリンゴのようであることからこの名がある。
荒川登山口より3泊4日の縦走に出掛けた最終日、ゴールに設定した淀川登山口まで後1kmの地点で、苔むした倒木の上に落ちたこの花をみつけた。結構激しい雨が降りしきる中、体力的にも非常にタイトな状態だったので、一度は撮影せずに通り過ぎようとしたのだが、思い返して再びそこへ戻りザックを下ろした。
雨の日の撮影は大変だ。まずは手早く三脚を立ててからそこに傘をとりつけ、その下でザックから機材を取り出し組み立てる。再びザックにカバーをして脇に置き、傘を取り付けた三脚をセットしてアングルを探し撮影する。撮影が終われば逆の手順で機材をしまう。手順としては大型カメラのセットに匹敵する面倒さだ。しかし、そうまでして撮った甲斐があった。僕の屋久島における代表作となった。
リンゴツバキの実。
本当にリンゴのように見える。
しかしその実は固く、食べることはできない
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撮影日:2005年6月5日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S10-22mmF3.5-4.5USM(焦点距離16mm)
ISO100 F4.0 1/320sec PLフィルター使用 手持ち撮影
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
休憩を兼ねて立ち寄った小杉谷の川原で、岩に張り付いたコケを苗床に見事な花を咲かせるサツキの株をみつけた。屋久島の雨は、こんなところにも生命を育んでる。
辻峠を越えると、荒川登山道から続くトロッコ軌道に合流する。小杉谷はかつて木材伐採の基地として、学校まである集落が存在した。
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撮影日:2005年6月5日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S10-22mmF3.5-4.5USM(焦点距離15mm)
ISO100 F8.0 1.0sec 露出補正-0.3 PLフィルタ・三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
トロッコ軌道を歩ききると、そこからはいよいよ本格的な登山道(大株歩道)になる。翁杉はそこへ立ち入った登山者を一番最初に迎えてくれる大きな屋久杉。暗い森の小さな流れのそばにあり、湿度が高いので樹皮は厚いコケに覆われ、さまざまな植物が着生して繁茂している。
引きの取れない場所なので、ワイドで直下まで迫って写した。写真は明るく写っているが、とても暗い場所なので、三脚でガッチ固定して1秒の露光をかけている。
荒川登山口から縄文杉へ行くにはこのトロッコ軌道を延々と2時間以上歩く。その後更に2時間以上の本格的な登山道が待っている。想像するよりずっと大変。
翁杉データ
樹高 23.7m
胸高周囲 12.6m
樹齢約2,000年
標高約1,000m
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撮影日:2006年7月13日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S10-22mmF3.5-4.5USM(焦点距離10mm)
ISO100 F11.0 2.5sec 三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
アメリカの植物学者アーネスト・ヘンリー・ウイルソン博士が屋久島を訪れ、研究成果を発表したことからこの名がある。天正14年(1586年)豊臣秀吉の京都方広寺建立に際し、島津の命を受け切り倒されたと伝わる。空洞になった内部は10畳ほどの広さがあり、木魂神社が祀られ、清水が湧いている。
切り株の内部から空を見上げる場所を選ぶと、そこにハートが現れる。僕は三脚に据えたカメラの位置を微調整しならがら、きれいなハートの位置をみつけてシャッターを切った。
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撮影日:2005年6月5日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S10-22mmF3.5-4.5USM(焦点距離19mm)
ISO100 F8.0 1/15sec 露出補正-0.7 PLフィルター・三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
大株歩道の急な斜面に立っており、真下から仰ぎ見る悠然とした姿はまさに大王そのもの。縄文杉が発見されるまでは最大の屋久杉とされていた。
僕が屋久島へ通いだすキッカケとなった杉。
写真家の土門拳さんが、1967年6月に屋久島を訪問して大王杉を撮影している。2003年10月の訪島時、宮之浦の観光センターで、たままその写真を目にした僕は、とてつもない衝撃を受けた。以後、屋久島へ渡ると必ずこの屋久杉に会いに行く。1967年6月は、僕の生まれた月でもある。
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撮影日:2006年7月13日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S10-22mmF3.5-4.5USM(焦点距離10mm)
ISO100 F11.0 1/4sec 露出補正-0.3 PLフィルター・三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
日本固有の杉として世界最大の大きさを誇る。その大きさから九州大学の真鍋教授が、推定樹齢7200年の説を出した。他方、1983年学習院大学の木越教授の化学的調査によると、空洞内部に残る最も古い箇所の木片は2170年であるとの結果が出た。しかし、内部は空洞化して木芯の部分は既に失われており、本当の年齢はいまのところ誰にも分からない。
登山者が根を踏みつけ樹勢が衰えたため、手前に見学用のデッキが据付られている。往復約10時間という深い森の中にある。
朝日に照らされた縄文杉を撮りたいと思い、前日から高塚小屋に入りチャンスを待つ。最大で3日は粘る積もりで食料を担ぎ上げたが、うまい具合に初日に晴れてくれた
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撮影日:2005年6月18日
撮影データ:
CanonEOS20D+EF100-400mmF4.5-5.6L IS USM(焦点距離160mm)
ISO800 F5.6 1/1250sec 手持ち撮影
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
平石岩屋付近の登山道で出会った、ヤクシカの子供。僕が勝手に「ごまチビちゃん」と命名。日の出を喜ぶように、登山道でピョンピョン跳ねていた。僕がザックからカメラを取り出して構えると、そのつぶらな瞳でこちらをじっと見た。
平石岩屋は縄文杉のある場所から登山道を3時間あまり登った場所。
標高約1700mで森林限界を超え、山肌をヤクザサが覆う。大きな岩が屋根となり、緊急時はここでキャンプすることができる。
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撮影日:2005年6月7日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S10-22mmF3.5-4.5USM(焦点距離10mm)
ISO100 F22.0 1/8sec 露出補正-0.7 PLフィルター・三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
永田岳〓峰と〓峰の間にある谷間は神様のクボと呼ばれ、永田集落とその先に続く日本海が見下ろせる。
この日は台風4号が南大東島の南東海上を北上している影響で、上空を雲が物凄い速さで流れていた。
ちょうど風の通り道となっているそこも凄まじい風が吹き抜けており、三脚が倒れないように、自分の体で三脚を支えながら撮影を行った。
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撮影日:2005年6月7日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S10-22mmF3.5-4.5USM(焦点距離20mm)
ISO100 F7.1 1/100sec 露出補正-1.0 PLフィルター・三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
永田岳のピークを踏んだ僕はザックをデポした地点まで戻り、急ぎ荷物をまとめて鹿ノ沢小屋を目指した。初めて足を踏み入れるコースだったし、あまり遅い時間まで登山道をウロウロしていたくないと思っていたのだ。しかし、そんな僕の思惑を簡単に打ち砕く光景がそこには広がっていた。
宮之浦側よりむしろ、鹿ノ沢小屋側の方がシャクナゲの株が多かった。そこに広がる光景はまさに夢の世界。屋久島まで写真を撮りに来た人間にとって、この光景を無視して先を急ぐことなどできない。僕はポイントポイントで、何度も足を止めて撮影を行った。
ヤクシマシャクナゲ花色の変化
つぼみが開くに従って、濃いピンクから徐々に色が抜けて白へと変わる。
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撮影日:2005年6月7日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S10-22mmF3.5-4.5USM(焦点距離11mm)
ISO200 F5.0 1/500sec 手持ち撮影
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
大岩のクラック(割れ目)に根を突っ込んで花芽をつけているヤクシマシャクナゲの株。斜めになった天面は2畳ほどの広さがある花崗岩の大岩、その真ん中に走った幅2cmほどのクラックからシャクナゲが生えている。雨がこんなところに生命を育んでいるのかと驚ろかされた。
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撮影日:2005年6月6日
撮影データ:CanonEOS20D+EF100-400mmF4.5-5.6L IS USM(焦点距離400mm)
ISO800 F5.6 1/1600sec 三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
永田岳ピークから鹿之沢小屋へ向かう途中、霧の向こうから誰かに見られている気配を感じた。振り返ると一頭のヤクシカが、じっとこちらを見ていた。僕はレンズを望遠ズームに付け替え、シャクナゲ林の中にいるヤクシカを撮影した。
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撮影日:2005年6月8日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S10-22mmF3.5-4.5USM(焦点距離15mm)
ISO100 F8.0 1/20sec 露出補正-0.3 PLフィルター・三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
高山地帯の入り口にあたる、1600m付近に小花之江河はある。南国屋久島でもこの高さまでくると北海道並の気候で、冬には雪も降る。低温のため花崗岩の厚い岩盤の上に分解されずに薄く体積したミズゴケが、高層湿原を形成している。
6月、枯存木の脇にシャクナゲが咲いて花を添えている。強い雨が吹き付けるなか、レンズに付いた雨滴をブロアーで払いながら撮影を行った。
タイミングを誤って自分が写ってしまった。雨の中の撮影はなかかムズカシイ。
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撮影日:2006年7月10日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S10-22mmF3.5-4.5USM(焦点距離18mm)
ISO100 F11.0 15sec ND-8フィルター・三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
淀川登山口から1時間ほど歩くと淀川小屋がある。その裏手に淀川は流れている。苔むしたゴロ岩にサツキの花弁が引っかかっていた。三脚の足を広げてローポジションをとり、低い位置から長いシャッターで写した。緩やかな流れの表面がスリガラスのようになって優雅な風景になった。
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撮影日:2006年7月9日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S10-22mmF3.5-4.5USM(焦点距離17mm)
ISO100 F11.0 3.2sec 露出補正-0.7 PLフィルター・三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 EPSON写真用紙<絹目調>(A4)
ワイドレンズで少し高い位置から淀川の清流を捉える。水面に映ったヒメシャラの木を消さないようにPLフィルタを調整する。
屋久島の清流はあまりに水が綺麗過ぎるため、魚が住まない。
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撮影日:2006年7月15日
撮影データ:OlympusC5060WZ+WCON-07C
ISO80 F8.0 1/3sec PT-027+PPO-02・三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 EPSON写真用紙<絹目調>(A4)
淀川の清流、7月だというのに水の中に入るとかなり冷たい。ハウジングを装着したデジカメを半分水に沈めて写してみる。この日はよく晴れて、川床に差した木漏れ日が綺麗な模様をつくってくれた。淀川小屋で出会った屋久島のネイチャーガイド真津昭夫さんとの会話から発想したカット。
何度か撮影をやっているとヒメシャラの可憐な花が一輪、ゆっくりと流れてきた。タイミングを計ってそれを画面に取り込んだ。
淀川小屋で真津昭夫さんと
真津さんは三好和義さんや石川賢治さんのガイドを努めた僕にとっては憧れの人。ミーハーな僕はぜひにと、記念写真をお願いしたところ、伝え聞いていたとおり気さくなお人柄で快く応じてくれた。
photo by natti
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撮影日:2006年7月10日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S17-85mmF4.5-5.6 IS USM(焦点距離28mm)
ISO1600 F4.5 94sec 三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
西部林道で夕日の撮影を終えて暮れ行く海を1人で眺めていた。やがてあたりが暗くなると天空に星が輝き出し、その真ん中を薄い雲の帯が走っているのを見つけた。
まてよ!と思ってカメラを設置して撮影する。そう、薄い雲の帯と思ったのは天の川だったのだ。僕は何カットか撮影した後、どこか車で行ける場所で、屋久島を象徴的に示す被写体と星空をいっしょに写すことはできないか考えてみた。
そうだ!紀元杉だ。僕は淀川登山口へ向かう途中にある紀元杉のことを思い出して、機材を仕舞うとそこを目指して車を走らせた。
西部林道から紀元杉まで約2時間。はやる気持ちを抑えながら先を急ぐ。安房から県道安房公園線を上り出すと、折りよく東の空から月が昇ってきた。それも赤い月が。現場に着くとうまい具合に赤い月が紀元杉をライティングしている。カメラを組み立て、セッティングを確認してシャッターを切る。
30秒以上のシャッターはオートで切れないので、自分で声を出してカウントしながら露光した。星空バックに赤く浮かび上がった紀元杉は神秘的だった。
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撮影日:2006年7月11日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S10-22mmF3.5-4.5USM(焦点距離10mm)
ISO200 F4.5 25sec 三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
滝の直下で三脚にカメラを据えて月を待つ
ロケハンも含めてここに通うのは4日目
晴天続きで水量は少しおとなしいが、
それでも大川を直下から見上げると大迫力
ゴーという爆音が僕の聴覚を奪う
満月とはいえ辺りは暗い、
視覚・聴覚という2つの感覚を奪われた人間には
恐怖という負の感情が芽生える
しかし今日の僕には屋久島の神様が派遣してくれた
かわいい女神がついていた
心を落ち着け、月が谷にゆっくりと入ってくるのを待つ
滝の全体を満月が照らし、全てが神秘的に青く輝いた瞬間
空を覆っていた薄雲が一気に散って星がまたたいた
僕はカメラのセッティングを確認し、静かにシャッターを切った
屋久島の神様 ありがとう
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撮影日:2003年10月12日
撮影データ:CanonEOSD30+EF20-35mmF3.5-4.5USM(焦点距離23mm)
ISO100 F5.6 1/180sec 露出補正-1.0 手持ち撮影
出力データ: EPSON PX-5500 EPSON写真用紙<絹目調>(A4)
大雨が降った日の大川の滝。滝の直下は公園になっているのだが、この日はこれ以上近づくことができなかった。轟音とともに流れ下る様に畏怖の念を覚えた。
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撮影日:2006年7月8日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S10-22mmF3.5-4.5USM(焦点距離10mm)
ISO100 F11.0 1/4sec PL・ND8フィルター・三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 EPSON写真用紙<絹目調>(A4)
比較のためこの写真をのせた。直下から見上げる大川の滝は普段から大迫力。
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撮影日:2005年6月19日
撮影データ:CanonEOSkissDigital+EF20-35mmF3.5-4.5USM(焦点距離20mm)
ISO100 F16.0 1/6sec 露出補正-1.0 三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
梅雨前線の北上に伴い大雨となったこの日、千尋(せんぴろ)の滝はその姿を一変させ、凄まじい音を立てて流れ落ちていた。左側、花崗岩の1枚岩にも小滝が現れ、何本もの白い筋を描いていた。
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撮影日:2005年6月12日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S10-22mmF3.5-4.5USM(焦点距離17mm)
ISO100 F16.0 1.3sec 露出補正-1.0 PLフィルタ・三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
安房にある、高さ75mの松峰大橋から見下ろした照葉樹林。タブの木やシイの木からなる豊かな照葉樹の自然森は、日本のみならず、アジアにもあまり残っていない貴重な森。
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撮影日:2006年7月19日
撮影データ:OlympusC5060WZ+WCON-07C(焦点距離6mm)
ISO80 F4.0 1/1000sec PT-027+PPO-02・手持ち撮影
出力データ: EPSON PX-5500 EPSON写真用紙<絹目調>(A4)
この日シーカヤックからウミガメを撮影しようと目論んで海に出た。が、台風の影響で波が高く、ウミガメはなかなか姿を見せない。屋久島の海はイキナリ外洋なので、シーカヤックのツアーはかなりスリリングだ。ガイドの指示に従って、みんなで狭い岩礁帯をすり抜けてゆく。屋久島は山だけでなく海も面白い。
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撮影日:2006年7月19日
撮影データ:OlympusC5060WZ+WCON-07C(焦点距離6mm)
ISO80 F2.8 1/125sec PT-027+PPO-02・手持ち撮影
出力データ: EPSON PX-5500 EPSON写真用紙<絹目調>(A4)
ガイドの「カメがいる!」の声に、みな一斉にそちらを振り向く。パドルを操り静かにそちらに近づくがカメはすでに海の中。ああ残念と油断したその瞬間、目の前3mくらいのところにカメが現れた。ちょうどソフトボールくらいの丸い黒い影、あれがカメの頭だ。
次の瞬間、「ガバッー」という音とともに、甲羅の形に水紋を残してカメは海中に沈んだ。僕はハウジングを装着したカメラを海に突っ込み、夢中でシャッターを切ったが、写っていたのは、光の差し込む屋久島の透明な海だけだった。
カメの写真はいつか必ずモノにしてやる。
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撮影日:2005年6月10日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S10-22mmF3.5-4.5USM(焦点距離10mm)
ISO100 F11.0 1/125sec 露出補正-0.7 PLフィルター・三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
東シナ海に望む永田の四瀬浜は、花崗岩の砕けた白い砂浜が広がっている。こことお隣のいなか浜は日本有数のアオウミガメの産卵地としても知られる。沖に見えるのは口永良部島。
産卵に来たウミガメはとてもデリケートで、海岸に明かりが見えると産卵を諦めてそのまま海に帰ってしまう。そのためウミガメの産卵場所であるこれらの浜を守るために、現地のボランティアが心を砕いているが、年々産卵に訪れるウミガメの数は減っているという。観光客のマナーの悪さがその原因の一つだという。
つけてはいけない明かりをつけてしまう人がいるのだ。
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撮影日:2006年7月16日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S10-22mmF3.5-4.5USM(焦点距離12mm)
ISO100 F11.0 1/8sec 露出補正-1.0 三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
屋久島は周囲約130kmというほぼ円形の島。島の外周をぐるっと道路が整備されており1周することができる。なかでも島の南西側には海まで迫る原生林が残っており、ここを縫うように走るのが西部林道だ。
その西部林道の入り口にあたるこの場所は、島の外周道路で一番高度の高い場所。僕が屋久島で一番好きな場所だ。山に入っている日以外は、夕方必ずここへ来て夕日の撮影をやっていた。
コッヘルで飯を炊き、それが煮える間に夕日の撮影をする。撮影が終わるころ、ちょうど飯が炊けているという具合だ。薄暮の中で、コッヘルから炊きたての飯をそのままほうばる。おかずはスーパーで買ってきた首折れサバの刺身。屋久島における僕の、最高に贅沢な時間。
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撮影日:2005年6月15日
撮影データ:CanonEOS20D+EF100-400mmF4.5-5.6L IS USM(焦点距離400mm)
ISO1600 F5.6 1/1000sec 三脚使用
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
雨の中、一心不乱に木の実を食べていたヤクザル。ホンドニホンザルの亜種で、雨の多い屋久島の気候に適応した結果、長くて荒い毛を持つようになった。その荒い毛が雨の日は蓑の役割をしている。体は一回り小さい。
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撮影日:2006年7月19日
撮影データ:CanonEOS20D+EF100-400mmF4.5-5.6L IS USM(焦点距離160mm)
ISO800 F5.6 1/60sec 手持ち撮影
出力データ: EPSON PX-5500 PICTORICO HI-GLOSS(A3ノビ)
7月の屋久島、ヤクザルたちは子育てシーズン。母ザルが子ザルを愛おしそうに抱きかかえて授乳しているシーンは、人間のそれと全く変わらない。
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